2012年05月10日

予21 わんくう

(2012/05/10)
予21 わんくう

 六根のかけという。「わん」という、我輩のとびという。
「ううーん」という、我輩という。なぜ、六法であるか。
これを国家という。国家をとる山という。我輩を「やた」
という。犬をとめた顔という。顔の山という。これを、
勘山(かんやま)という。鼻の頭という。鼻を愛でて
「かんかんかん」という。「かんかん」の踊るかかを
「かたやま」という。わなの山ともいう。
これのかたおという。あさ山という。
かん山ともいう。このおけを、めの山という。
この目をとるうけという。うけをめるという。
このかんという。める山という。
古く「めるー」のことをいう。ものを愛でる花という。

この花の呼びをとめという。ものを呼び止める話という。
わたという、私のことという。我が世ともいう。私のことである。

「かんわくのけけ」という。これを「かんとう」という。
かんとうのえ、という。わた山をとる、わっかという。
和っ歌という書きという。和っ歌書きという。うたわほ、という。
うたわほのくく、ともいう。くくるゆわ、という。くっせるるーゆー、
という。くった山のえ、という。わるすぅえった、という。
わくるぅよっくぅ、ともいう。わって山浜という。

わさをたっくるすすよる、という。わってわって、という。
わっかるるーゆー、という。わか山という、あたのやや、という。
あたわる山という。わっくるすーゆーのせく、という。

わってわって、という。わするーかわふー、という。
わっくるかーゆー、という。ゆるふるやた、という。
この書きをとる、という。これを得るという。
とるえる、という。とって得るを、とりえ、という。
とりえる山という。山々の山という。

かかゆるははう、という。はうるーかっくー、という。
はっけるやっくぅ、という。やわすぅはまわら、という。
やわえとっくるるーすー、ともいう。
やわらやわら、という。やわらの山という。
たつるぅひぃ、という。ひわをゆるえる、という。
わかるゆうっけ、という。
うったるれーすー、という。
あた山書きという。これをゆゆ書(しょ)という。

ててる山の絵、という。やをとるふくる、という。
えっさててはな、という。花山のえく書きという。
えさやるみみ花という。花をとるえわる、という。
これを、やっくるるーゆーにゆわうけけ、という。
やっするすーべえ、という。
「すべ」の語源(ごげん)である。

我輩のえ、という。これをとっくやり、という。
たたゆる山という。えたる山のお聞きという。
おかれるきぃ、という。「お聞き」という、これをひらがなという。
平にわかるかなあ、という。これを「うわん」という。
「わわわん」の我が鳴き声という。わた鳴きという、人の世を
わたる我輩である。「わんわんはー」という。
「わっはっはー」と聞こえる人の声という。
我輩の聞きである。「わんわんはー」という話という。

我輩の「わん」を「わっ」というひぃに、国権であるという話という。
六法は、我輩の「わん」の一言を解説したものである。
わっはっはあ、わわわん、わん-わん-はあっ

posted by 若軍 at 19:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説
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