2012年03月06日

第3話 能

(2012/03/06)
第3話 能

 その人は、黒夏の畦を歩んでいる。
額に、吹き出る汗を拭きながら、,頭上の
太陽の光に目を細め、ゆっくりと歩んでいる。

「おはよう」と、女性の声である。
同じく挨拶を返し、厚い中の、涼
しい風であると感じた。

 その人は、歩めば影が立つ、という。
影は、もう一人の自分である、という。

これを聞き、「噂をすれば影が立つ
でしょう」と、友よりいわれた。
「そうやね、少し違うと思った」と答えた。
続けて「黒風 涼、黒夏 涼という、私の名前
です。私が、影になる時の名前です。陰影の名前
です。もう一人の大事な自分です。」と言った。

 その人は、影が立って、自分を見ているという。
この影に、自分を友という、朋という。

「影を立たせて歩む」ともいうその人である。
陰実の歩行と言って、黒夏を歩む。
また、影虚の友とも言う。
どちらも大切な自分であり、朋である。

 その人は、こう自分の影を愛でて、
慈しむ。影が好きな人である。

 自分より離れる場合がある、という。
自分の脳の見方である。自分の脳が
そう見る。脳で見た影という。

 影には、影の脳がある。この脳で、
物を見ることを、陰実影虚、という
言葉にして、陰影の愛でを、共にとる
その脳をいう。私の脳という。

 黒夏白実(こっかはっきょ)という、
実を巨とかえて、巨影の陰実という。

 影が大きくなり、すぼんだり(すさんだり)する
、この脳という。自分の脳の愛でともいう。

巨影陰実の脳である。これを、虚栄という、
実の栄えを見る、虚栄という。
脳をめでる人である。

陰を灯る。陰を立たせる人という。
影が離れてやってくる、という。
影の脳を作る人ともいう。

影を立つという。これを龍の辰(りゅうのしん)と
いう。自分という、挨拶という。

「おはよう」をいう自分である。「御蔭様」
という、自分への労わりの挨拶という。

おはようを言う自分である。
辰の芯(りゅうのしん)という、影という。
影の脳の話である。その人の脳の出来
という。遅れた時間をとる人である。

過去をこよなく愛で、祖を尊ぶ人である。
御祖(おんそ)というその人という。

過去におわす御祖(ごそ)という。
黒夏の世という、龍蔭という。
その人の過去でもある。

もう一つの過去という。
嬰の世という。
その人の未来という、過去という。
龍。
(2012/03/06)

posted by 若軍 at 11:13| Comment(2) | TrackBack(0) | 小説
この記事へのコメント
小林さんの文章は、アルチュール ランボーのように 不思議で強烈な色彩に満ちています。
Posted by 小多田嘉宏 at 2012年03月07日 04:29
下手、駄作です。
Posted by 若軍 at 2012年03月07日 06:54
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