2012年03月04日

第2話 ひよどり越えて

デジタル小説風 曲を聴きやって

(2012/03/04)
ひよどり越えて

 その人は、月華の蒼丘を行く、黒夏夜(こっかや)
である。蒼丘に照る月を、月華とたとえ、月下の君である。
月華下君(げっかかくん)という、月と自分である。

この姿を、京所(恐所、きょうしょう)という。
京男(きょうおとこ)という東男(あずまおとこ)である。


 姿山という連山をいう。ここに立つ城をす、という。
東男という。姿山という、京男という。

その人の今日をいう。今日の姿を、京姿(きょうすがた)という。
東姿(あずますがた)の人である。

 その人は、姿山に立つ城を、蒼丘から眺める人である。
城を蒼京所というて、相を褒める人である。
城の相という。二重の城という。
二重山城(ふたえやまじょう)という、層である。
これが、層の相の、字も重なる、こんな重ねを楽しむ
人である。山の重なりと話す。一重二重の八重という。
これを貯める人という。重々の姿という。花絵をいう、
京男という東男である。


 蒼京に出たという、月華の都である。
月を飾る城である。黒下の月ともいうと、
その人はいう。

 月下を行く刻、と話す、その人である。
その人は、月下表という、思う朋という。
一つの月という、二つの月である。
月下表という話をする刻である。

月と城と時と場と自分という。
月城時場(げつじょうじば)というた人である。


蒼丘のニ蒼(にそう)日である。
その人の刻である。

蒼京月華
月城時場
蒼丘月華表
月華下君

これが、月華に現れた蒼京の都という、
月の城である。月に写った花である。
月が、そういうた、という、月相の君という。
月が「そう」というたという、その人の話である。
自分は、月が話したのである。
これが、月華下(つきはなした)の君という。

月双の君でもあるという、相である。

自分の人相は、鼻付きの人相である。
その人である。付きの人相という。

鼻たれ小僧である、その人である。
これが漢文であるという、漢文の
初心者である。その人の感じ文である。
漢字文と呼ぶ、その人の「月下行文」である。


 膝がカクンと鳴るを覚えて、京姿を自覚
したその人である。

 つきつき見る月、という、詩文を作るという。
これを、黒夏の黒法にしてもらうという、
黒幕の闇夜を行く人である。


その人の、ひよどり越えである。
闇夜を、カクンカクンと、膝鳴るを
朋として、音添う、歩行である。

蒼丘の黒夏表である。
膝の音をそう表現する。


その人の暗夜行路である。
暗闇に照る黒夏下の蒼丘暗夜である。

国法が照らす国家である。
これが、黒下の国家で、黒夏と国下を表わす
人である。
これを、わかりやすく、法は国の灯台であると説く。
こんなことを切り出す人である。

頭がよくなる、暗闇の脳であると、灯台のようなことをいう。
暗い道を照らす、月下表と月を崇める人でもある。

月々華花(げっげかか、げつげつはなはな)と、蚊夏の笑い
声を、そういう、下君の君である。

月々華花、月々蚊夏、月々花下との笑い声をともして、
ひよ得る、越えた君という。ひよどりくんである。

 
posted by 若軍 at 17:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 小説
この記事へのコメント
いつも有難く拝読させて頂いています。言葉が次から次へと有機的に繋がる妙 小林さんのこうこうと湧き出る文才は、まさに 出口王仁三郎の霊界物語の世界ですね。
Posted by 小多田嘉宏 at 2012年03月04日 22:07
お褒めに預かり、光栄です。
Posted by 若軍 at 2012年03月05日 10:32
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