2012年01月30日

第2章 心の中--古きを訪ねて

「御天のごそうきょう」 

 友と話している中、クーリー(苦力)という言葉が出た、その瞬間、思い 
は予期せぬ過去へ飛んだ。日本語のクーリー(苦力)という言葉である。
祭りの山車を引く人をクーリー(苦力)という。クーリー(苦力)の引く、山車
の前の出っ張った棒を「でくの棒」という。こんな話である。その人は、祭 
りが好きな人でる。この一寒村の祭りを見るにつけ、忘れ去った昔の日 
々が思い出される。それとともに、町の祭りしかみない日、小さい村の祭
りに、日本の祭りを見ようとするひとである。「村の鎮守の神様の・・・」こ 
んな歌声が聞こえてくるような、そんな祭りを大切に思い、自分でも楽し
むひとである。  

 思い出は古くなり、ほぼ忘れてしまい、再び思い出すことはないであ
う、そんな思い出まで、頭に暫し、描かれ出てきた。 「御天のごそう 
きょう」、これが挨拶であったことが思い出された。その人が古い古い過
去にした挨拶である。思うに、この挨拶をされた人は、また、どんな場 
所で、こんな挨拶をするのやら、今のその人の境遇から想像だにでき
ない。その人も、今の自分を見ると、自分の思い出しが間違っているの
かと思うほど、考えられない状況のことである。しかし、紛れもない、こ 
れは、自分が過去にした挨拶である。古い昔の日本が残っている頃の、
その人の挨拶である。そんな挨拶に関係有るクーリー(苦力)である。そ
んな場所でする挨拶である。
 
 日は過ぎに過ぎ、夜をともる。「我が未来は、我が過去へ向かう。」 
                                   22/10/19 

友との話の中、「未来は、どのようにできていくのであろうか。過去が即 
ち未来である。 今という時間と世界、過去ができるに伴い、同時に未 
来が出来ていく。未来を見るにまた、過去を省みるに、すべて、今を軸 
に、過去へ向かって歩むことが、未来へ向かって歩むことになる。未来
に背を向けて、過去に向かう。それが未来へ向かっていることになる。 
時間の流れは、自分が向かう過去から、背を向けている未来へとつなが
っている。」 なんだか、哲学のようなことを言い出す。こんなことにお構 
いなく、周りの他の人の言葉は耳につく。華やいだ声の方を見遣れば、 
こちらを興味深げに見る人との視線も会う。その人は、にっこり、会釈を
し、また、返され、こんなことを、途方もなく面白く感じる人である。人に
興味を持ち、人を知る、それが楽しみの人である。女性の笑みを喜び、
その人はどんな人であろうか。心の中は、その人を知りたいという素朴
なその人の屈託ない欲求である。その人が、知らないという域から出 
て、知っているといううれしさを得る。ただ、そんなたあいのないもので
ある。 

 日は穢れなく過ぎていく。          22/10/20 

過去を、積み木を積んで 
作るかのごとく、楽しげに、丁寧に、優しく、脳裏に残していく。 

----輝く瞳の中----- 
緑成す 緑の丘の 緑道 
 光るは瞳  影は山の身

身を映す 未来を照らし 実の実る 
         清き明日の身 尊い世の身

身は向かう 身を映す雲 道影は
    豊かに寄す身 花の身葉の身 
 
輝ける 未来を照らす 日の光 
        瞳は受けて 未来へ返し 
22/10/22 
posted by 若軍 at 14:02| Comment(0) | 小説
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