2012年01月30日

第1章 輪をとめて

第1章 輪をとめて 
 
  輪をとめて 畑より開く 春の宴 
      我が衣手は 露とおきぬる   平22.8.10 

  その人は降り立った。辺りは、一面田畑で覆われている。緑輝く皐月 
、人生歩むにもってこいのところである。名は居千尋という。姓は立山で
ある。 学を志すを、意気に感じている青少年である。特徴と言えば、少
しこじんまりとした体つきで、前を清楚に見つめる、そんな感じがする好
青年である。まだ、子供っぽさが残る顔つきで、話にうなづく素直が、あ
どけなさと調和をしている。友を見るに、人懐っこい笑みがこぼれる。「 
そう」という時に、口をすぼめる癖とも思われる。時間に尋ねるを、こよな
く好く人である。御祖母にかってもらった時計といい、喜び見ている。そは
、美をも意識するそぶりも見受けられる。楽しいことを体で表したように行
動する姿は穢れなく、周りを清らに感じさす。こんな風である。 
平成22.8.9これまで  
 
  毎日、論語を読むという。そんな過去がある。そのせいか、現今は、 
明治天皇御製集を、毎日読むという。今では、少し変わった趣向である
。昔の古い本を読むのが好きだという。理由は、昔の教育を自分は受け
るのだと、そんな他愛もないものである。現代社会で戦前の教育を受け
れば、どうなるか。それを実践しようと、それで、昔の本を読むという 。 
大人びたことをいう人である。 

 さて、その人が降り立ったところである。人口幾許もなく、町というより
、村といったようなところで、藁葺きの家こそないが、閑静の田園という
感がある。丘が好きだというその人には、意向相食む土地である。右手
に連なる山々の崎を見、道をいけば、丘が成るを感じる。他に道行く人 
もなく、その一群だけである。楽しく世々の声を聞く。    
22.8.10ここまで 

 日ゆく日、月流れ月、去り行く、日々を惜し人でもある。月を見るに、 
名月とは盆のようなものである。そんなことを得意気に話す。田畑中を 
歩き、目を見遣れば、そこらかしこに緑の農作物が見える。ある日のこと
、霧か靄か、直径3メートルほどの、球体があちこち地上に出ている。そ 
の人にとっては、生まれて初めてのことである。驚きの目で見る。心はは
しゃぎ、喜び回る。その球体を目指し、中へ入ったのである。ただ、それ
だけのことである。うれしさ一入といったところである。その日は、そのこ
とを楽しげに話す一日の人である。また、ここはそんな地である。 

 思えば幼少期に御父に連れられて来たことがある。必ず、また、ここへ
来る、そう決心した所である。一瞬、そんなことが脳裏を横切る。夢成る 
を得た人である。あの霧の球体は、この記念であろうか。誰知ることの
ない、自然のその人への贈り物である。人生意気に感じ明日を思う人で
ある。ふっと沸き、ふっと切れた幼少期の思い出、この今を思うに、ただ 
ただ多く、胸深く、感謝を捧げるその人である。今、生きる自分に、殊更 
に御父御母に感謝を深くするひとである。 

                           超方空  平成 22/10/14 
posted by 若軍 at 13:06| Comment(0) | 小説
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