第1章 輪をとめて
輪をとめて 畑より開く 春の宴
我が衣手は 露とおきぬる 平22.8.10
その人は降り立った。辺りは、一面田畑で覆われている。緑輝く皐月
、人生歩むにもってこいのところである。名は居千尋という。姓は立山で
ある。 学を志すを、意気に感じている青少年である。特徴と言えば、少
しこじんまりとした体つきで、前を清楚に見つめる、そんな感じがする好
青年である。まだ、子供っぽさが残る顔つきで、話にうなづく素直が、あ
どけなさと調和をしている。友を見るに、人懐っこい笑みがこぼれる。「
そう」という時に、口をすぼめる癖とも思われる。時間に尋ねるを、こよな
く好く人である。御祖母にかってもらった時計といい、喜び見ている。そは
、美をも意識するそぶりも見受けられる。楽しいことを体で表したように行
動する姿は穢れなく、周りを清らに感じさす。こんな風である。
平成22.8.9これまで
毎日、論語を読むという。そんな過去がある。そのせいか、現今は、
明治天皇御製集を、毎日読むという。今では、少し変わった趣向である
。昔の古い本を読むのが好きだという。理由は、昔の教育を自分は受け
るのだと、そんな他愛もないものである。現代社会で戦前の教育を受け
れば、どうなるか。それを実践しようと、それで、昔の本を読むという 。
大人びたことをいう人である。
さて、その人が降り立ったところである。人口幾許もなく、町というより
、村といったようなところで、藁葺きの家こそないが、閑静の田園という
感がある。丘が好きだというその人には、意向相食む土地である。右手
に連なる山々の崎を見、道をいけば、丘が成るを感じる。他に道行く人
もなく、その一群だけである。楽しく世々の声を聞く。
22.8.10ここまで
日ゆく日、月流れ月、去り行く、日々を惜し人でもある。月を見るに、
名月とは盆のようなものである。そんなことを得意気に話す。田畑中を
歩き、目を見遣れば、そこらかしこに緑の農作物が見える。ある日のこと
、霧か靄か、直径3メートルほどの、球体があちこち地上に出ている。そ
の人にとっては、生まれて初めてのことである。驚きの目で見る。心はは
しゃぎ、喜び回る。その球体を目指し、中へ入ったのである。ただ、それ
だけのことである。うれしさ一入といったところである。その日は、そのこ
とを楽しげに話す一日の人である。また、ここはそんな地である。
思えば幼少期に御父に連れられて来たことがある。必ず、また、ここへ
来る、そう決心した所である。一瞬、そんなことが脳裏を横切る。夢成る
を得た人である。あの霧の球体は、この記念であろうか。誰知ることの
ない、自然のその人への贈り物である。人生意気に感じ明日を思う人で
ある。ふっと沸き、ふっと切れた幼少期の思い出、この今を思うに、ただ
ただ多く、胸深く、感謝を捧げるその人である。今、生きる自分に、殊更
に御父御母に感謝を深くするひとである。
超方空 平成 22/10/14
2012年01月30日
第1章 輪をとめて
posted by 若軍 at 13:06| Comment(0)
| 小説
この記事へのコメント
コメントを書く